1736年に上野で創業した、つげ櫛の『十三や』。
店内で黙々と櫛を作り続ける姿が印象的だ。
「昔と同じように一つずつ手で作っているのは、頑固になっているわけではなく、結局手に変わるものがないからなんです。機械で作られたものが増えているけれど、櫛の歯を作ったり、歯の中の中まで磨きこむ作業には、人の手が一番。手で作ると髪の通り具合も良く、毛先の方までスーッと櫛が抜けていくのがわかる。それに、手でこしらえたものは手になじみやすく、使いこむほどにつやが出てきます。
材料となる黄楊は鹿児島で切ってもらい、生木のままうちに運んでもらいます。そこから木を締めて、燻したり寝かせたりで、櫛を作れる状態になるまで約4年半。安い材料だとストーブで1週間ほど乾燥させてから作るものもありますが、黄楊は固いのでなかなか中まで乾かない。大きい櫛板だと、10年近くかかるものもあります」。
一生もののつげ櫛とともに、店内で売られているのが『大島椿』。
「昔からつげ櫛と椿油は切っても切り離せない関係。櫛の手入れにも使えますし、もちろん髪油として使う方もいます。先代から聞いた話だと、大島椿がまだ量り売りをしていた時代からうちでは取り扱っているらしいです。
いまはネットで何でも買える時代ですが、お年を召された方などは信頼関係で成り立っている部分も大きく、やはりいいものを仕入れておきたい。自分でも色々と試した結果、やはり大島椿がいいという結論にたどりつきました。
櫛を作る過程においても、大島椿を用います。たとえば、櫛の歯の根っこの部分がなめらかになるように磨く作業があるのですが、その際、できるだけ隙間にぴったりと道具を通したいので、道具の表面に大島椿をつけてすべりを良くしています。ここがなめらかじゃないと、髪にひっかかってしまいます。あとは、出来上がった商品を油でコーティングをして、つやを出すときなどにも使いますね。
ほかの油と劇的に違うわけではないけれど、やはり微妙なすべりが変わります。油がすぐに飛んでしまうこともなく、一度つけるともちもいい。おろし金屋さんなど、他の職人さんと話しても、やっぱり大島椿がいいよねという話になります」。
修行を始めて、約31年。
それでも、自分の仕事に満足することはないという。
「正式に修行を始めたのは高校卒業後ですが、中学のときは仕上げに櫛を磨く手伝いをしていました。作業手順は目の当たりにしていたけれど、いざ修行が始まると見て覚える世界。
ダメ出しはされるけど、教えてくれることはない。半年ぐらいたってから、徐々に小さなサイズから作らせてもらうようになりました。そのときも、商品と同じ材料で作りましたね。安い材料で仕事を覚えてしまうと、それだけの仕事しかできないから。
ひと通り仕事を覚え、自分なりに色々と考えた末、お客様に提供できる櫛を作れるようになったのは、修行を始めて6年ぐらいたってから。カツラの会社の方など、いわゆるプロの方に納得してもらえるものが作れるようになるまでには、10年ほどかかりました。
櫛を作るときは、出来上がりを頭に思い浮かべて、そこに向かって仕事をします。それが、なかなかピッタリいかない。ある程度ピッタリいっても、そこで終わらない。今でも満足するということはないですね」。